
暑かった夏も終わり、秋の気配を感じる様になりました。赤とんぼや朝夕の涼しさに季節の移り変わりを感じます。
第一号から半年たち、やっと手つかずのワクワク通信「絆のカタチ」を発行出来ました。
みなさんお変わりありませんか?
実は、私の父が長年煩っておりました病気がもとで先月他界しました。
約五年あまり闘病生活を続け最後はろうそくの炎が小さく消えて行く様に静かに息を引き取りました。
親父の生涯は戦争時代からテクノロジー全盛の現代に至までを経験し時代に翻弄された波瀾万丈の一生だったのかもしれません。
父の死を看取り思う事は、私もやがては年老いて一生を終える時が必ず訪れる、その時に何を思いながらあちらの世界に行くのだろう? また見送ってくれる人の記憶にはどのように残るんだろう?
これから先、折り返し地点をとっくに過ぎた私でも悔いの残らない人生にしたいと願っています。
そんな中、私にとって仕事とは・・・・? と言う命題を自分自身によく問いかけます。
エゴにまみれた私は、実力も無いのに出世するにはどんな仕事を選ぶべきか?
いい生活をするには商売をすればよいのか?・・・などとつい考えてしまいがちです。
他人の持っているものが羨ましくてしようがありません。
でも、ある人は言います。
『どんな職業に就くべきか?自分に合った天職とは何だろうかと・・・。
しかし、その前に、「どんな人間に成りたいかを考える方が先だろう」・・・と!』
今回身近な人の死に立ち会い以前にも増して思うことがあります。
人生最後の時を迎えて、「あぁ、いい人生だったなあ」と言って最後を閉じたいなぁ・・・と。
たった一度の人生です。
精一杯生きた証となる様な仕事が出来れば最高ですが、少なくともそれに立ち向かって行く様な人間にならねばと強く思います。
でも不安はありますよ、すごく。
私も小さな小さな会社を経営しているのですが、ここで働くスタッフのみんながより良い人生を送って欲しいと願っています。
その根本になるものが仕事に対する思いです。
その思いを書き出す事で自ら確認し、より良い人生に一歩でも近づけるのではないかと思いスタッフのみんなに書いてもらいました。
ではスタッフ自らの思いをご紹介致します。
トップバッターは営業部長の藤原の仕事に対する思いです。
近年インターネット環境が一般家庭にも普及する中で商品の価格競争もいっそう激化しております。
そんな中だからこそ商品の品質だけではなく、使われるシーンや、もたらす効果を考えた商品提案ができるよう日々勉強し、さらにそのバックボーンにあるお客様の満足度に焦点をあてた高付加価値営業を心がけています。
次は店長の鎌倉 謙です。
私の仕事は、MAGICへ来店される方々の注文を受ける受注業務が仕事です(プリントはしません。○○なので(笑))
特にチームの方(バスケ・バレー…etc)が「お揃いのウエアーを作りたい!!」などと言われ来店されます。
スタッフのみんなはとにかく頑張ってます。
私も負けてはおれません。
勉強をしなくてはと思い、先日読んだ本にすごく気付きのある一節があったのでご紹介したいと思います。
それは「小さな幸せに気付く24の物語」の中の 『筆箱』と言う題です。
お母さんが小学校時代に使っていた古い革製の筆箱でした。この筆箱を娘さんに上げる時にお母さんが、
「これはお母さんが小学校の時から大切に使っていた宝物なの・・・。これを買ってくれたお父さん、あなたのおじいさんは、お母さんが小学校のときに亡くなったの。お母さんは、これをお父さんの形見としてとても大切にしてたのよ。あなたが大切に使うならあげようか?」
と娘さんに話したそうです。
ある日、娘さんが使っていた筆箱がクラスで話題になりました。ある男の子が娘さんに、
「お前の筆箱、古いやないか、僕のはこんなやで」
と娘さんの筆箱をバカにしました。他の子も一緒になって娘さんの筆箱を指差してからかいました。そのとき、娘さんが、
「ねっ、古いでしょ! いいでしょ! これはお母さんが子供の頃から大切に使っていたんだって! おじいちゃんの形見なの。私も大事に使って、私の子供にもこれをあげるの」
と言ったそうです。周りの子供たちは一瞬シーンとなりました。しばらくして男の子たちが、
「ふーん、ええな」 と言ったそうです。
というお話です。・・・感動しました。
私たちはどうしても新しいもの、奇麗なものに目がいってしまいがちです。
でもそのモノの持っている意味だとか、思い入れにまで心が行きません。
古びて手あかの付いた筆箱でも思入れがあればまた大切に思う気持ちがあれば、価値あるものに生まれ変われるんですね。
私たちはモノづくりをするる仕事をしておりますが、つい大手メーカーとか有名ブランドには勝てないと思ってしまいます。
同じレベルのモノを作ることが出来ても、です。
このお話は新品でなくても、有名ブランドでなくても、奇麗でなくても、高性能でなくても、くたびれてても、また古くても新品以上に「いいなー、それ」って言ってもらえると言っています。
私たちも、モノづくりに対して、そこにもっと工夫することが大切だという事にあらためて気付かされました。
とは言ってもなかなか難しくてつい流されてしまう私ですが・・・
マジックらしさを目指して頑張りますので皆さんも応援宜しくお願い致します。
私ども「絆工房の掟」を今一度ご紹介致します。
一、仕事はわくわくしなければならない
一、仕事はアイデアに溢れていなくてはならない
一、仕事は楽しくなくてはならない
一、仕事はお駄賃ではなく、おひねりでなくてはならない
こういった信条をベースにプリントで絆づくりに邁進して行きたいと思います。
また、こちらの方へ来られる事がございましたらお立ち寄りください。
お茶しながら語りましょう。
近年インターネット環境が一般家庭にも普及する中で商品の価格競争もいっそう激化しております。
そんな中だからこそ商品の品質だけではなく、使われるシーンや、もたらす効果を考えた商品提案ができるよう日々勉強し、さらにそのバックボーンにあるお客様の満足度に焦点をあてた高付加価値営業を心がけています。
次は店長の鎌倉 謙です。
私の仕事は、MAGICへ来店される方々の注文を受ける受注業務が仕事です(プリントはしません。○○なので(笑))
特にチームの方(バスケ・バレー…etc)が「お揃いのウエアーを作りたい!!」などと言われ来店されます。
スタッフのみんなはとにかく頑張ってます。
私も負けてはおれません。
勉強をしなくてはと思い、先日読んだ本にすごく気付きのある一節があったのでご紹介したいと思います。
それは「小さな幸せに気付く24の物語」の中の 『筆箱』と言う題です。
お母さんが小学校時代に使っていた古い革製の筆箱でした。この筆箱を娘さんに上げる時にお母さんが、
「これはお母さんが小学校の時から大切に使っていた宝物なの・・・。これを買ってくれたお父さん、あなたのおじいさんは、お母さんが小学校のときに亡くなったの。お母さんは、これをお父さんの形見としてとても大切にしてたのよ。あなたが大切に使うならあげようか?」
と娘さんに話したそうです。
ある日、娘さんが使っていた筆箱がクラスで話題になりました。ある男の子が娘さんに、
「お前の筆箱、古いやないか、僕のはこんなやで」
と娘さんの筆箱をバカにしました。他の子も一緒になって娘さんの筆箱を指差してからかいました。そのとき、娘さんが、
「ねっ、古いでしょ! いいでしょ! これはお母さんが子供の頃から大切に使っていたんだって! おじいちゃんの形見なの。私も大事に使って、私の子供にもこれをあげるの」
と言ったそうです。周りの子供たちは一瞬シーンとなりました。しばらくして男の子たちが、
「ふーん、ええな」 と言ったそうです。
というお話です。・・・感動しました。
私たちはどうしても新しいもの、奇麗なものに目がいってしまいがちです。
でもそのモノの持っている意味だとか、思い入れにまで心が行きません。
古びて手あかの付いた筆箱でも思入れがあればまた大切に思う気持ちがあれば、価値あるものに生まれ変われるんですね。
私たちはモノづくりをするる仕事をしておりますが、つい大手メーカーとか有名ブランドには勝てないと思ってしまいます。
同じレベルのモノを作ることが出来ても、です。
このお話は新品でなくても、有名ブランドでなくても、奇麗でなくても、高性能でなくても、くたびれてても、また古くても新品以上に「いいなー、それ」って言ってもらえると言っています。
私たちも、モノづくりに対して、そこにもっと工夫することが大切だという事にあらためて気付かされました。
とは言ってもなかなか難しくてつい流されてしまう私ですが・・・
マジックらしさを目指して頑張りますので皆さんも応援宜しくお願い致します。
私ども「絆工房の掟」を今一度ご紹介致します。
一、仕事はわくわくしなければならない
一、仕事はアイデアに溢れていなくてはならない
一、仕事は楽しくなくてはならない
一、仕事はお駄賃ではなく、おひねりでなくてはならない
こういった信条をベースにプリントで絆づくりに邁進して行きたいと思います。
また、こちらの方へ来られる事がございましたらお立ち寄りください。
お茶しながら語りましょう。
以上
他の取材を読んでみる
旅館「三國屋」の田岡さんと知り合うきっかけは、私が二十年ほど前にさかのぼり、草テニス大会で顔を合わせたのがきっかけでした。趣味が取り持つ縁で声を掛けて頂きました。
それから現在まで約二十年間の永きに渡っていいお付き合いをさせて頂いております。
中でも私どもが仕事で「ヘリーハンセンブランド」でオリジナルユニフォームを展開したいと思い、
田岡さんにご相談をさせて頂いたら、快く引き受けていただき仕入れ先のお知り合いの方に、お手紙を書いて下さったり、いろいろお骨折りを頂き但馬地区特約店を結ぶことができました。
その時はまだ田岡さんとはそれほど親しくお付き合いさせて頂いていなかったのですが、
ご無理を快く引き受けて下さり、今でも感謝しております。
ですから私にとって面倒見のいい兄貴の様な存在です。 感謝です。
そんな田岡さんの三國屋に押し掛け取材と言いますかお話を聞かせて頂きに行って来ました。
先ず、城崎駅から歩いてほど近く玄関先には決して派手では無い人力車がさり気なく置かれている旅館が右手に見えます。
そこが今回ご紹介したい三國屋さんです。
以前からお客様を乗せて走られるのかなぁ・・・なんて思いながら眺めていました。
ひとつ寂しく感じていたことがあります。
玄関にのれんが掛かっていなことでした。それも田岡さんのこだわりなのでしょうか?!
すこし前になるのですが、旅行はあまりしない私でも、
あるCMを見た時、ぜひ一度は行ってみたいなーと思わせるような、とてもステキなステキな憧れの場所が映し出されました。
それは全日空の外国航路のCM、ニューヨーク、伝説のジャズクラブ。
映画の中でしか見た事のない何とも言えないあこがれの場所、
そこにいる自分を想像して、想いはいつのまにか一足先にジャズクラブに到着してしまいます。
いつかは、妻と、憧れの場所へいって見たいなぁ。
その映像とバックミュージックのフライミイートゥーザムーンがとても洒落ているんです。
僕なんかにとっては夢の世界ですね。
田岡さんの海外での商売のお話を伺っていると、そんな世界の映像が重なってしまいます。
長い外国生活を送られていたので英語も堪能でいらっしゃる田岡さんのところには外国のお客様も多い様です。
これからも田岡流の絆のカタチをたくさん見せて頂きたいと楽しみにしています。
そんなあこがれの兄貴、田岡さんの益々のご活躍をお祈りしながらとりとめのない私のレポートを閉じさせて頂きます。
今後も、私の独断と偏見に満ちた絆のカタチをお届け出来たらと思っていますので宜しく!
また、このような取材をご希望の方がございましたらご遠慮なくお知らせください。
私が出かけて行きお話をお伺いに寄せて頂きます。これも私どもの絆づくりの大事なライフワークですから!
お申し込みを楽しみにお待ちしております。
また、若奥様に待望のお子さんが授かり喜びもひとしおだとは思いますが、当然ながらまだ乳飲み子を抱えて何かと手が掛かると思います。
そう言った中での仕事の苦労は察するに余りあるものがあります。
そんな中、和臣くんは新商品を開発しました。
それは「十戸清水の板蕎麦」です。
地元、十戸の隠れた名産のわさびと早朝まだ暗いうちから起き、手で石臼を回しそば粉をひき、仕込むという、たいそう気合いの入った新メニューです。
私も食しましたが、ワサビが冷たく引き締まった麺とあいまって極上の香りと歯ごたえがたまりません。
聞くところによると十戸には清水が滾々とわき出ていてその清水で育まれたワサビは高級料亭御用達とか、また和臣くんは言います。
その清水を使いそばを締めてはじめて自分の目指すそばになるのだと。
そのこだわりが沢山の常連さんを引きつけて止まないのだと思います。
先代のやり方とはまた違うでしょうが、違ってこそ受け継いだのれんに絆の息吹が吹き込まれるのでしょうね!
これからも和臣くんならではの創意工夫にあふれた逸品を食べさせてくれることを期待しています。
.jpg)
やっと正月気分の抜けた頃、大雪です。 みなさんの処はいかがですか?
近年降ってなかったですからね〜。
私の家はそれは山奥です。神鍋に上がる途中左に逸れた谷間の奥に入った村の一番奥です。
たまに除雪車が来るのが遅くなると孤立状態です。 雪と格闘の日がしばらくは続くかな・・・
今号の「のれん」紹介は養父市養父市場の平山牛舗というこだわりの但馬牛を真心込めて商売しておられるお店の紹介です。
但馬の地に於いて契約農家から牛を買い付け一頭丸ごと自社にてさばいて販売しています。
昭和五年から八十年以上続く但馬の中でも老舗と言っていいと思います。
現社長・平山敏明さんは三代目と言うこと、先代の後ろ姿をみて育ち今この店をしょって立っています。
敏明さんの人柄は人当たりが良くまじめに仕事に取り組む姿勢は当に信頼の言葉がぴったりとよく似合います。
食品に関わる仕事はミートホープ事件にもありましたように、信頼という軸が本当に求められている時代ですね。
そんな敏明さんに寄り添うように尽くしてこられた奥様の久美子さんをご紹介したいと思います。
25才で久美子さんは隣街の出石町から嫁いでこられました。
ご主人との縁でこの家業を手伝うことになったのですが、そのころはまだ牛肉が苦手で食べられ無かったとのこと、信じられないですよね!
牛肉屋さんに嫁ぐ人が牛肉が食べられ無いんですから・・・、しかし今はそんなことは無いとのことです。
ホームページの中の紹介にも、嫁いで来て本物の但馬牛を食べたとたん本物の肉の旨味と言うものが解った、と書いておられます。
それまでどんな肉を食べてたんでしょうねえ(笑)
私も時々買って帰りますが牛肉本来の何とも言えない香ばしい様な懐かしい味がし、美味しく頂いております。
焼き肉はもちろん、すき焼き・肉じゃがなんかが僕は好きです。
奥様の久美子さんは言います。
お客様とのコミュニケーションにはすごくこだわり、真心と誠実さを持って応対し、常に明るく楽しくお買い物をして頂きたいと・・・
自分の舌を信じ本当に美味しいと思えるモノだけをお薦めしたい。
お客様から、「美味しかったよ」の一言が聞きたくて全てがあるとの事。
そんな久美子さんからお聞きしたエピソードのご紹介です。
ある時、老夫婦が来店されました。
ご主人がひどく痩せた奥様をかばうように付き添いやってこられ、そしてレバー肉をお買い求めになられました。
その訳をお聞きすると「平山さんのレバーを食べて元気を出したいから」とのこと、お見かけするにとてもお身体が不自由な様子。
にもかかわらずわざわざ私の店に足を運んで下さったと聞き、本当に嬉しく思い、感激してお礼のお手紙を書いたとのこと。
お話をしながら元気を頂いたのは私の方でした。と語る久美子さんの笑顔にはお客様との絆をしっかり築かれてるなぁと感じさせられるモノでした。
ご主人の敏明さんも業務用肉卸の仕事をメインにされて各取引先との絆も、
決して派手では無いが真心を込めた商いの中で築いて来られたご様子。
スタッフを大事にされる久美子さんと二人三脚のこの平山牛舗の深紅の『のれん』には暖かい思いと盤石な絆を感じました。
今日、田舎の小さな街ですがこの様な本物の経営こそが求められる時代に成っていると思います。
お忙しい中、取材に快くご対応頂きありがとうございました。感謝! 益々のご繁栄を祈念しております。
今号の訪問先はこだわりの栃餅を製造販売されている神鍋に上る途中の日高町十戸の高砂屋製菓様です。
高砂屋さんは創業八十年という業歴がありビックリしました。
二代目の現・藤原正行社長が先代から23才で受け継ぎ40年余り、
三代目の息子さんの正利くんが現在一緒に手伝い頑張っておられます。
現社長の正行さんも受け継いだときには料理菓子を作っており、当時結婚式には欠かせない必需品であったとのこと。
しかし、時代とともに結婚式もだんだんと様変わりをしてきて、ニーズが変わってしまい、現在の栃餅と言う商品を開発されたという。 なぜ栃餅かというと、一言では云えない物語があり、中でもこの栃の実を供給して頂いている生産農家さんとの出会いがあったから。
とお話頂きました。
いわゆるこの出会いも大切な絆として現在も繋がっているとのことです。
ではご主人から、栃餅に対する思いを語って頂きましたのでご紹介しましょう。
栃の実を餅と併せて作るのですが、その栃の質と量に於いて守り通しているこだわりの量があると云う。
栃を薄めて作ると沢山作る事は出来るが味が落ちて美味しくない。そういった栃餅はちまたに出ていることは知っている。
栃の実が一滴でも入っておれば栃餅と言うことが出来てしまうのですが、私の処ではそれは許されない。
お客様が許しても私が許さない。と・・・
それはお客様との約束だから・・・約束とは言っても藤原社長が独断で決めた約束ですが・・・
その目に見えない信頼を大事に育てて行くことがお客さんとの絆づくりだ。と藤原社長は言い切りました。
また、店を大きくするより本物の味を守り通すのが自分の使命だと、明快でありながら愚直なまでの志がそこには感じ取ることが出来、これから先も高砂屋・栃餅ファンとして居させて欲しいと思いました。
また、息子の正利くんにも親譲りのフロンティア魂の片鱗が見て取れます。
それはお店の前の国道をはさんで向かい側に『石窯pizzaOISHI~NO』ピザの店を2年前にオープンしました。
親父さんにも似た所があり味にはこだわりが在るとのこと。
商工会の仲間との出会いも大きなきっかけとなったという。
今では、そんな絆で繋がった仲間も積極的に店作りに関わってくれている。
お忙しい中快くご対応頂きありがとうございました。
ありがとうございました!
益々のご繁栄を祈念しております。
夏・・・ですね〜。 カラダが夏を受け入れてくれていますか?
東日本大震災もこちらの地域には及んでいません。 しかし、人の絆を通じて伝わってくるものはあります。
インターネット、テレビ、新聞、雑誌、から井戸端会議まで、口コミに乗って伝わってきます。
仕事上で感じている方も少ないと思います。
新しい街造り・・・返って何も無い状態からだと復興が加速するかも知れませんね。
戦後の焼け野原と成った日本が復興したように。
一日も早い再興をお祈りしております。
今回は、城崎マリンワールドにやって来ました。
僕も、ものごころ付いた小さい頃からなじみのある処です。
海水浴は竹野浜、その帰り有料道路(現在無料)の終点に日和山遊園・水族館に寄る、これが僕の海水浴の定番。そんなワクワク感一杯の日和山がいつの間にか海のテーマパークに生まれ変わっていました。
今や但馬で最大の海のエンターテーメント施設だと思います。
そんな魅力ある城崎マリンワールドにある絆の秘密を探ってきました。
ここの一番の売り物は何と言っても「イルカ・アシカショー」ですね。
そのイルカを育ててこられた、柿本武さん(36歳)にお話を伺ってきました。
柿本さんはここに来られて13年になり、リーダー的存在で沢山のスタッフを率いて活躍されています。
夢のあるワクワクの仕事をしている柿本さん、でも新人時代には大変な苦労があったと云う。
それはショーの時、相手は動物、言葉が通じない、それでもこちらの意志を伝え演技をさせなくてはならない。
そんな柿本さんの前に立ちはだかったのは、イルカの「ラナちゃん」名前はかわいいけど全く言うことを聞いてくれない。
ショーが終わっても帰ってこない、焦っている柿本さんを見かねた先輩が助け船を出す。
先輩の言うことはすんなり聞く、・・・今でもその時の光景は忘れないという。
大勢の観客の見てる前で・・・その時の無力感・腹立たしさ・恥ずかしさ・いろんな思いが頭の中を駆け巡ったに違いない。
新米の柿本さんにはどうすることも出来ません。逃げ込むところもありません。立ち向かうしかありませんでした。
そんな逆境の彼に「ジミー」という人なつっこい女の子イルカが柿本さんを引っ張って行ってくれたという。
高難度のダブルターゲットの演目を完成出来たのもジミーのおかげ心が通じ想いが通じ絆を感じた瞬間だった。
柿本さんは云うイルカをコントロールするのではない。
リスペクトするのだと。
一頭、一頭、顔も違うし個性も違う。
人が好きな子、怠け癖のある子、一生懸命しようとする子、人間と全く一緒だと。
柿本さんにとってそんなイルカが愛おしいぐらいにかわいい存在なんでしょうね。 これからも柿本さんはイルカと共に絆を深め続けることでしょう。
—笠原 「僕もドローンには興味を持っていたのですが・・・」
—折戸さん 「おもちゃのドローンは、コントロールが難しく途中で諦める人が多いんです。
当社では、そういった操縦の仕方も教えさせていただきます。
ドローンはネットでも買えますが、機体のセットアップ、操縦の仕方は自分で調べないとだめで、そこでつまづく人が多いんです。」
—村尾さん 「先日、シニアの女性の方がドローンが動かないといって持って来られましたが、単にアップデートしてないだけだったんです。ドローンのことなら、どんなことでも相談に乗ります。そしてトータルサポートを目指しています。」
—折戸さん 「私達は、ドローンの楽しさを知ってもらうのは、もちろんですが、ルールとマナーを知らない人にきちんと教える場として地元密着のドローンスクールを作りたかったんです。」
—村尾さん 「Drone Studio KITHもつくりました。KITHのKは城崎、Iは出石、Tは豊岡、竹野、Hは日高です。
豊岡はドローンを飛ばすにはにいい環境です。夢は、ドローンを軸に地域を活性化させることです。」
—笠原 「ドローンは、他にどんなことが出来るんですか?」
—村尾さん 「ドローンでレースなどもできます。神鍋高原にある開閉式屋根のある但馬ドームで、ドローンレース大会を誘致したいと思っています。」
—折戸さん「ドローンサッカーの大会も誘致したいですね!今、ドローンサッカーが熱いんです。
このドローンサッカーの試合も豊岡で開催したいですね。」
—笠原 「ドローンサッカーについて詳しく教えて下さい。」
—折戸さん 「韓国発祥のメッシュボールの中にドローンを入れて5人対5人のチームに分かれて得点を競うスポーツです。」
性別も関係なし、運動神経も問われない、空中を縦横無尽にドローンボールを飛ばすバリアフリーなゲームスポーツ。
—笠原「バーチャルとリアルの両方を兼ね揃えているのがいいですね!」
—村尾さん 「僕たちのスクールは、ただドローンでいい映像を撮る事が目的ではありません。ドローンを通しての人材育成が目的です。この豊岡になにか面白いことを興したいと思っています。人の数だけアイデアがありますよ。」
折戸さんの点と村尾さんの点が結びつきドローンのホットスポットがうまれました。
その周りに人が集まり、お互いに結びつき、新しい絆が生まれる。
これが、折戸さん、村尾さんが目指す絆づくりです。
—笠原「何が起こるか非常に楽しみですね。人は本能で、生きたい、知りたい、仲間になりたい生き物です。
それがいわゆる、文化・科学・宗教ですね。」
—村尾さん 「人と人が結びつき、そこから何か新しいモノが生まれていきます。」
—笠原「ドローンは絆づくりのツールですね。」
—折戸さん 「そうなんです。夢が広がります。そして、実現していきます。」
今後、合同会社 点と線が地域でどのように活躍されるか非常に楽しみです!
有難うございました。
.
—北村さん 「体験型サービスといえば、きのこ狩りをしています。自分で採った天然きのこをその場で食すサービスが非常に好評です。私達がきのこを栽培して、採ってパックいれて売って終わりという販売ビジネスでなく、お客様自身が採ったきのこやまいたけををこの自然の中で食べるサービスが、毎年予約完売です。」
―笠原「モノをつくるよりもお客をつくれと言われます。
一人のお客様が今年のきのこ狩りに満足したら、翌年も訪れ、そして今度は仲間を連れてきてくれます。
また、単に【きのこ】といっても、神鍋の自然が育んだ天然きのこというのはなかなか手に入らないということで、希少価値も生まれます。」
―笠原「きのこを軸にしてなにか新しいことが展開できそうですね。」
―北村さん「僕にとっては、きのこビジネスが、今、一番楽しいです。」
―笠原「仕事を通して人との絆を感じられるエピソードがあれば聞かせてもらえますか。」
―北村さん「人に助けられてここまで来た、という感じがします。
自分でやった感は、いつ来るのだろう、もしかしてきっと死ぬまで来ないんじゃないかと思います。
ペンションのお客さまも8割がリピーターさん。『美味しいお酒を持ってきたら一緒に飲もう!』と来られます。
実は、妻が数年前に大病しまして、その時もお客様から病気に治す様々な情報をもらったんです。
妻の病気をきっかけに家族が一致団結しましたし、家に閉じこもるのではなく、むしろ行動が増えました。
子供の学校行事にも積極的に参加し、役を頼まれると、経験出来ないことをやらせてもらうという気持ちで引き受けるようにしています。引き受けると、学ぶことが多く喜びがあります。」
—笠原「役を受けて、失敗したところで命までとられないですからね。
僕は若い頃色々と発言をしていると『やったことがない者がつべこべ言うな』と長老たちに言われたんです。そこで一念発起して役を受けたんです。開き直りです(笑)。」
―北村さん「僕が何よりすごい、と思ったのは子供達です。
今中学2年と小学3 年ですが、何かが出来てすごい、というのではなくて人生の目標をきちんと立てていることです。
そこが親としてすごいと思います。『私は東京の大学に行く!』『私はピアノを頑張る!』と目標を既に持っているところです。
また、そんな子ども達に伝えたいことは、「友達を作れ」ということ。僕は、今晩泊めてほしい、と言って二つ返事で泊めてくれる友達が今も日本全国にいます。縁が切れた友達はいません。だから子供にも友達を作るように言ってます。」
取材中に、神鍋高原を盛り上げようとする北村さんと同じ志を持つ仲間である神鍋高原道の駅駅長 上田直義さんにも遭遇。
上田さんも以前取材された人。
現在進行している企画をあれこれ楽しく話されていました。
—笠原「友は、財産です。人生の方程式というのは、能力×情熱×考え方(性格)と京セラの稲盛氏は言われています。
北村さんの周りに助けてくれる友達が沢山いるというのも北村さんの考え方に共感されているからです。
きのこという新しいビジネスへの情熱や行動力もすごい、インストラクターや料理人としての能力もある。
3つの要素のかけ算で人生は 変わっていきますね。これからもトライ精神で地元を盛り上げていって下さい。」
―北村さん 「有難うございます。」
Cafe&Kitchenアグリガーデン
〒669-5371兵庫県豊岡市日高町太田159-10
TEL 0796-45-0806